靴屋の猫老男爵

そこは鮮やかな翠玉に広がる世界にひっそりとそびえたっていた。

店の周りには主人が丹念に仕入れしている新緑の草木が覆い茂っている。

草木から生い茂る木の実を周りに住む動物達が
ときおり頬を覗かせ美味しそうに頬張っている。

店の周りには主人が咲かせた、色とりどりの虹色にきらめく様な花がそこかしこに咲き誇っている。

時折、遥か空の彼方から小さい白い鳥が口笛を吹かせながら主人の肩へ座る。

店の近くには小さな水面が断面に現れている。

そこは人間の形をした猫の老男爵が営む靴直しをする店だった。

猫老男爵には不思議な能力が備えられてらいた。

彼は、客の靴を修理する時にその客の靴にまつわる時代背景がまるで弧を描く様になぞらえて彼の緋色の瞳に映るのだ。

彼はその時代背景をよく吟味し、一言、意味深い言葉を客に残して靴を返上するのだ。

さて、今日もひとりまたふたりと彼の靴屋に客が舞い込んでゆく。。

第一話 瑠璃色の瞳をした少女

少女の靴はボロボロだった。

そして、少女の身なりもお世辞にも綺麗とは言い難い姿だった。

少女は小さな唇で噛み締めるように主人に言った。

『わたしは、これだけしか、お金を持っていません。それでもこの靴を綺麗に磨いてくれますか?』

靴屋の猫老男爵主人は少女の瑠璃色の瞳を見ながら優しく呟くように微笑んだ。

答えはもう決まっている。

そして、少女から靴を受け取った。

靴屋の主人は、少女のその靴を丹念に隅々まで見張った。

見かけはボロボロだか、元の造りは成調しており、磨けばまだまだ使えるガラス張りの靴の様だ。

靴屋の主人は眼を閉じながら祈りを込める様に
ネル生地のクロスで少女の靴を磨き始めた。

仄暗い闇夜の中から彼女の靴にまつわる時代背景が見て取れる。

少女の家は貧しかった。

『ねぇ、お母さん。
わたしお友達の誕生日会にお呼ばれしたの。
でも、こんなボロボロの格好だと恥ずかしいわ。新しいお洋服と靴を新調してちょうだい。』

少女は母親の暗い背中を見ながらそう呟いた。

母親は疲れた顔で、少女に言った。

『母さんや近所の手伝いごとを行ったら、その度に駄賃をやるから、それで何か買いな。』

そう言うと、母親はまた、終わらない作業へ戻った。

少女は底抜けに恐ろしく前向きな性分だった。

『わかったわ!』

それからというものの、少女は、駄賃欲しさに、必死に母親の仕事や家事の手伝いを行った。

しかし、少女の気持ちと行動がどうも比例せず、報われない手伝い事となる。

ある時は、母親の代わりに近所の子供の子守りをし、まだ幼い赤子をあやす時、少女の明瞭に大きい音で赤子がわあわあ泣き出す仕舞となる。

頼まれた買い物へ向かった時、パプリカを頼んだはずが、ピーマンを買ってきてしまい、亭主に大目玉を喰らった。

洗濯、炊事、掃除、全てがまるで、瓶の底から転げ落ちた様にてんで駄目であった。

しかし、少女の心は穏やかだった。

彼女は努力をすればいつかは報われるという固い信念の様な塊に脅かされていた。

世の末にはその様な信念すらも吹き飛ぶ様な甘い罠もあることを少女はまだ気がついていない。

『一生懸命頑張ればきっとお空の上の神様が
願いを叶えてくれるはずだわ』

しかし、少女の願いはここまでだった。

少女は一生懸命働いたが手元に残ったお金はわずかだった。

『どうしよう。。これでは服どころか靴すらも買えないわ』

困った少女は家を出て、あてもなく放浪した。

その夜、少女は星を見た。

星は真っ黒い夜空に、パールの様に白く浮かび上がっていた。

この世に広がる銀世界に少女がたったひとりきり星と眠っているようだ。

少女は星と約束ごとをした。

'もう二度とわがままはいいません。。'

星降る夜は、優しく包み込む様に少女を光の道標へと誘った。

気がつくとそこは深い翠玉の森の中だった。

少女の瑠璃色の瞳が眼を見開いた。

森の奥から猫の姿をした老男爵が忽然と現れた。

少女は老男爵が眩しく、眼を細めながら頷いた。

『ここはどこ?』

老男爵は少女の瑠璃色の瞳を見透かしながら答えた。

『貴方の望む場所ですよ』

コンコンと、クロスで磨かれた靴が軽快な音楽と共に蘇る。

老男爵は真剣な面持ちで少女の靴を研ぎ澄ましていた。

見る影もなく、ボロボロだった靴は次第に息を吹き返してくる。

それと共に側にいる少女の瑠璃色の瞳が七色に芽吹き出す。

老男爵は少女とボロボロになった靴にまつわる逸話を感じ取った。

美しく磨かれた透明に光り輝く靴をそっと少女に手渡す。

『人の価値は自分が決めるものではありません。その人自身が持つものです。お母さんを大切に。素敵なレディになって下さい』

少女は心が砕けたように真っ白い涙を一雫、頬に滑らせながら頷いた。

『ありがとう』

そっと微笑む老男爵に見送られながら、少女は静かに森の中を抜けた。

そんな二人を小屋の煙突に居る、青い鳥が退屈そうに見守っていた。